東京高等裁判所 平成11年(ネ)997号 判決 1999年11月17日
控訴人(本訴第一事件原告兼同事件原告秋山キン訴訟承継人〔反訴被告〕)
秋山富雄
外一四三名
控訴人ら訴訟代理人弁護士
井上壽男
同
野田房嗣
被控訴人(本訴被告〔反訴原告〕住宅・都市整備公団訴訟承継人)
都市基盤整備公団
右代表者総裁
牧野徹
右訴訟代理人弁護士
大橋弘利
同
花輪達也
同
奥毅
右指定代理人
戸谷博子
外三名
主文
一 本件訴訟をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
三 被控訴人は、別紙一覧表「当事者の表示」欄記載の控訴人らに対し、「土地の表示」欄記載の各土地についてされた同一覧表「登記」欄記載の各条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。
四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者の主張は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決「事実」の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決一三頁一行目の「許可申請協力請求権」を「農地法五条による農地転用許可申請協力請求権(以下「許可申請協力請求権」という。)」と訂正し、同一四頁九行目の「農地転用許可が得られないとき」の次に「(農地転用許可申請が現実に可能とならない場合を含む。)」を加え、同一五頁一行目の「農地転用の許可が得られておらず、」を「、八王子市との意見調整が済まず、農地転用許可申請が現実に可能とならないため、転用許可が得られていないのであるから、」と訂正し、同四行目の「非農地化前の」を削除する。
二 原判決一六頁九行目末尾の「規定である。」の次に「すなわち、本件契約第一〇条は、一旦確定的に有効に成立した契約を消滅せしめる条項であるから、信義誠実の原則に基づき、これを厳格に解釈し、文言どおり、被控訴人と本件売主ないし控訴人らが、農地法五条の規定による転用許可申請をしたのに許可が得られなかったときに適用されると解すべきところ、これまで右の転用許可申請をした事実はないから、本件において同条が適用される余地はない。」を加える。
三 原判決三一頁一行目末尾の「までにすぎない。」の次に改行して「(四)本件において、控訴人らの時効援用が認められた場合、控訴人らは、住宅公団から受領した売買代金に相当する額の保証金及びこれに対する交付の日から支払済みまでの利息を返還しなければならず、しかも、それは被控訴人の本件仮登記抹消と同時履行になる。また、被控訴人がこれまで本件土地に管理費用を支出していたとしても、それは、右の控訴人らが負担すべき利息と比べれば取るに足りない程度のものである。したがって、控訴人らの請求が認容されたからといって、被控訴人に不利益を及ぼすことはほとんどないし、控訴人らが過大な利益を得ることもない。」を加える。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も、本件全資料を検討した結果、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、他方、被控訴人の反訴主位的請求はいずれも理由があるから認容すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり加除訂正するほか、原判決「理由」に説示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四二頁一行目の「陳情書」の次に「(乙第九号証)」を加え、同四行目の「集められ」の前の「取り」を削除し、同四五頁一一行目の「公団が」を「被控訴人が」と訂正し、同四六頁七行目の「昭和五〇年度」の次に「又は昭和五一年度」を加え、同四七頁一行目の「一七日」を削除し、同五行目から六行目の「秋山安喜」を「秋山安」と訂正し、同五一頁一〇行目の「住宅公団及び」を削除する。
二 原判決五九頁一〇行目冒頭の「2」から同六五頁六行目末尾の「採用することができない。」までを以下のとおり訂正する。
「2 右認定事実により、以下の点が明らかになった。
(一) 住宅公団及び被控訴人は、いずれも健全な市街地造成等を行うことなどにより国民生活の安定と福祉の増進に寄与するという専ら公益を達成することを目的として設立された公的な特別法人であり、住宅公団による本件契約もその業務の一環として行われた。
(二) 本件契約は、農地法五条の農地転用を条件とすることを明示した売買であるところ、八王子市が川口地区を市街化調整区域に指定し、同地区内における宅地造成等の開発を認めない方針を堅持していたため、住宅公団と八王子市の協議、調整等が難航しており、本件契約締結当時、農地転用許可を受けるために事実上不可欠である八王子市との協議成立までに相当の期間を要することが予想された。本件売主らは、開発委員会等を通じてこのような経過を熟知していたが、川口地区の開発に対する強い期待のもと、住宅公団に本件土地を売り渡した。
(三) 本件売主ないし控訴人らは、本件契約後直ちに、「保証金」の名目で売買代金全額を受領し、本件土地で農業を営むことを放棄する意思で耕作等を取りやめ、本件土地を住宅公団に引き渡し、その管理を委ねた。これに対し、住宅公団及び被控訴人は、相当の経済的出捐をして本件土地を管理してきた。
(四) 開発委員会は、本件土地に本件仮登記が経由されたことから、取引慣習によれば住宅公団が実質的な本件土地の所有者になっている旨を記載した要望書を提出したが、本件売主ないし控訴人らも、本件土地の実質的な所有者は住宅公団であるとの認識を有していた。そこで、そのような認識に基づいて固定資産税の支払を要求された住宅公団及び被控訴人は、昭和五七年度分までの固定資産税相当額全額を支払った。なお、被控訴人は、それ以降も右の要求に従う用意をしており、現に請求をした控訴人らのため固定資産税を支払った。
(五) 住宅公団及び被控訴人は、川口地区の開発計画を実現するため、東京都や八王子市の方針に沿うべく、地域開発に関する諸方策等を提案するとともに、オオタカの保全対策など環境問題に配慮しながら、地域開発に必要な条件整備に資するための各種の調査等を実施するなど、積極的な働きかけを続けてきており、本件契約締結後、転用許可申請手続を漫然と怠っていたものではない。そして、住宅公団及び被控訴人の努力もあって、川口地区の開発計画が次第に実現の可能性を帯びるようになっている(甲第四四号証によってこの認定を妨げるには足りない。)。
3 以上の認定によれば、控訴人らは、これまで本件契約に基づき、住宅公団から本件土地の代金に相当する保証金全額の支払を受け終わって本件仮登記をし、さらに、本件土地の耕作を放棄し、住宅公団に本件土地を引き渡し、公租公課の支払の負担を住宅公団及び被控訴人に任せてきたものである。したがって、法律上本件契約に基づいて当事者が履行すべき行為は、控訴人らによる農地転用許可申請手続と所有権移転本登記手続を除けば、既に実現ずみであるということができ、右の手続が遅れていることにより、控訴人らが受ける法律上の不利益というのは考えられない。そうすると、現時点において、控訴人らが許可申請協力請求権について消滅時効を援用し、本件土地を取り戻すことを容認するならば、住宅公団及び被控訴人がその設立根拠の法律に定められた目的に従い公益の観点から長年にわたって取り組んできた川口地区開発に向けての努力の結果を奪い去ることになるし、仮に、将来現実に本件土地付近が市街地として開発されたときは、控訴人らが、住宅公団及び被控訴人が払った努力の上に、市街地開発による利益を享受するという不当な結果を招くことにもなる。
なお、控訴人らは、この点につき、消滅時効の援用が認められた場合、控訴人らは、住宅公団から受領した売買代金に相当する額の保証金及びこれに対する交付の日から支払済みまでの利息を返還しなければならず、それは被控訴人の本件仮登記抹消と同時履行になるし、被控訴人がこれまで本件土地に管理費用を支出していたとしても、それは、右の控訴人らが負担すべき利息と比べれば取るに足りない程度のものであるとし、控訴人らの請求が認容されたからといって、被控訴人に不利益を及ぼすことはほとんどないし、控訴人らが過大な利益を得ることもないと主張する。しかし、本件契約締結当時に比べると、現在の本件土地の地価はかなり上昇していることは公知の事実であり、しかも、当時農地であった本件土地が市街地として開発されたとなれば、控訴人らは極めて大きな利益を受けるというべきであるから、控訴人らの右の主張は失当である。
したがって、控訴人らによる許可申請協力請求権の消滅時効の援用は、権利の濫用に当たるから許されないというべきである。
4 ところで、控訴人らは、住宅公団は本件契約の締結に先立ち、本件売主ないし控訴人らに対し、本件契約締結後三年以内に本件土地上に住宅団地を建設する工事を開始すると説明したので、本件売主ないし控訴人らが本件土地の耕作を中止してその管理を住宅公団に委ね、住宅公団から「保証金」名下の金員を受領し、住宅公団に対し固定資産税相当額の負担を求めたが、これらは、いずれも住宅公団から右のような説明を受けたからであると主張し、甲第三八ないし第四二号証にもこれに沿った供述部分がある。
しかし、前記認定のとおり、本件売主ないし控訴人らは、本件契約締結時において、川口地区の開発計画に相当程度の期間を要する見込みであることを熟知していたと認められるから、本件契約締結後三年以内に本件土地上に住宅団地を建設する工事が開始されることを信じていたと認めることはできない。
したがって、控訴人らの前記主張及び甲第三八ないし第四二号証中の前記供述部分を採用することはできない。」
三 原判決六五頁八行目冒頭の「本件契約」から同六七頁八行目末尾の「主張立証がない。」までを以下のとおり訂正する。
「 本件契約第一〇条は、同契約第三条の規定による農地転用許可申請に対する許可が得られないときは、本件契約は解除されたものとする旨定めている(甲第一三号証)。控訴人らは、右の第一〇条について、本件契約後相当期間内に本件土地につき農地転用許可が得られないとき(農地転用許可申請が現実に可能とならない場合を含む。)は、本件契約は当然に解除される旨の規定であると主張する。
しかしながら、同条は、本件売主と住宅公団が、本件契約締結後、直ちに本件土地について農地転用許可申請をすることを定めている本件契約第三条を前提とし、これを受けて定められた規定であることが、文言上明らかである。しかして、前記四の1ないし3で認定したとおり、八王子市は川口地区を市街化調整区域に指定し、同地区内における宅地造成等の開発を認めない方針を堅持していたため、住宅公団と八王子市の協議、調整等が難航しており、農地転用許可を受けるのに事実上不可欠な八王子市との協議成立まで相当の期間を要することが予想され、このような事情を本件売主も住宅公団も、本件契約当時熟知していたものである。そうすると、本件売主と住宅公団は、本件契約第三条において、本件契約締結後、八王子市等関係機関との協議が成立し農地転用許可申請が現実に可能となったときは、直ちに右許可申請をしなければならないことを合意したと認めるのが相当であるから、本件契約第一〇条は、八王子市等関係機関との協議が成立し右許可申請が現実に可能になったにもかかわらず、直ちに右許可申請をしないか、あるいは、右許可申請をしても許可が得られない場合に、本件契約は当然に解除されることを規定したものであると解すべきである。しかしながら、本件においては、いまだ八王子市等関係機関との協議が成立するには至っておらず、農地転用許可申請が現実に可能となってもいないのであるから、本件契約第一〇条に規定された本件契約が当然解除になるための前提条件は発生していないというべきである。」
第四 結論
よって、同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・塩崎勤、裁判官・小林正、裁判官・萩原秀紀)
別紙一覧表<省略>